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[ TUMI版ジパラン最終回 ]
気ままに書いてきた「おこのみがき」、自分がいかに漫画にまみれて生きてきたかを否応なく認識できた良い機会だったと思う。いったい何故、こんなに漫画が好きになってしまったのだろう?
うちの両親は子供の頃から漫画を読むと、頭が悪くなると固く信じていたため、幼少時、私はあまり漫画を読む機会がなかったのだ。この説が誤りであり、恐ろしい副作用があることを後々、両親は娘を通して思い知ることとなる。クリスマスや特別な日にのみ許された漫画雑誌は、私の宝物だった。固く禁じられほど興味を持つのが世の常、いつのまにかすっかり漫画に飢えた子供ができあがっていたのだ。
中学生になり自宅から遠く通学するようになると、私はこれまでの分を取り戻すかのように、学校帰りに本屋に立ち寄り、コミックスを買い漁り始めた。高校生になると、回りの友人が皆、これまた漫画づけだった。両親は相変わらず漫画に対して良いイメージを持っていなかったため、私のベッドのマットレスの下には長年、パズルのようにコミックスが並べられていたのだ。
この連載中、「あそこに紹介する漫画家がやっぱり好きなのですか?」と聞かれることがあり、答えに詰まってしまったことが多い。もちろん、紹介した作家は好きだけど、あくまで近作に限って紹介しているので、あれはごく一部である。生粋の漫画づけ人間の私はやはり萩尾望都、大島弓子で育っていたり、手塚冶虫も、白土三平も、諸星大二郎も、大友克洋も、高橋留美子も、井上雅彦も、細野不二彦も、西原理恵子も、吉田秋生も、吉田戦車も、高野文子も好きだし、しりあがり寿や、黒田硫黄や、他にも書ききれないほどの漫画家を好きだったりするのだ。好きな漫画家は絞ることができないが、漫画の原案をやっている人間として、目標としている作家は一人に絞られている。初代の編集に薦められた、一ノ関圭である。編集氏は言った。「原作でこういうものを書けるようになったら、認めてあげる」私が彼に認められる日が来るとしたら、奇跡のようなものだと思う。作品は幕末から明治の美術を題材にしたものが多く、膨大な資料収集に基づくその内容の深さ、芸大の油絵科出身者の筆力。漫画でこれほどの世界が構築できるのだ。あまりに寡作なため、知る人ぞ知る存在だが、文庫版に全作品が掲載されているので、機会があったらぜひ読んでみてほしい。TUMI版ジバランでの最後の紹介として。
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